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いつもご愛読頂きまして、誠に有り難うございます。
ロザリーのアストルティア考古学の中の人です。

当ブログは7月7日で3周年を迎えました。

 【ブログ1周年】ロザリーのブログ裏話
 【ブログ2周年】ロザリーのブログ裏話2nd



先週すぎちゃった。



伊勢


今年の裏話は、当ブログの執筆者である中の人が、



ドラクエ取材のため、三重県伊勢市に行ってきたよ



の話をしたいと思います。








マジ話です。








常世の門

きっかけはVer.3.2の最後にバジネヅさんが残した、
常世」というド直球な台詞。

 ……これなるは 常世の門。
 ナドラガンドと アストルティアにある
 奈落の門をつなぐ 唯一の道筋なり。


バジネヅさんの台詞を見た瞬間、
私の脳裏に、とある人物の名前が浮かびました。




本居宣長

その名は本居宣長

『古事記』の研究を36年かけて大成させた、
江戸時代では最も有名な国学者です。
社会科の教科書ではこの名前を蛍光ペンでマーキングしてた事でしょう。


宣長さんは、伊勢国(現在の三重県松阪市)の出身。

中国の皇帝が何度も途絶してるのに、
日本の天皇は1000年以上も続いてる!と思い立った事から、
ご近所にある天皇家に縁の深い伊勢神宮に思いを馳せ、
王朝文化の研究を生涯ずっと続けています。


天照大神

常世の神にして伊勢神宮の祭祀である、天照大神

神話の塔や聖鳥が指す「太陽」のキーワードは、
光の女神ルティアナの存在に集約されると見てましたが、
バジネヅさんの台詞から察するに、
現在のナドラガンド全体が死後の世界に当たり、
その中でも常世=天国、奈落=地獄に分けられる事を意味していて、
ここからルティアナが放つ光の照射範囲は、

天国だけに留まり、地獄には届いていないのではないか?

という推察が生まれました。




宣長さんの名前が脳裏に浮かんだ理由は、
まさにこの「太陽の照射範囲」について、
国学史上最大の論戦を交わした事があるからです。





上田秋成

論戦を繰り広げた相手は小説家・上田秋成

『雨月物語』の作者であり、宣長さんとは対照的に、
中国古典文学に精通していた文壇サロンのエリートボンボンです。
蛍光ペンでマーキングされてない方の人。




宣長 vs 秋成が交わした太陽神に関する一連の論戦は、
日の神論争(参照:Wikipedia」と呼ばれています。

結論から言うと、宣長さんは
上方きっての秀才だった秋成に敗れました。


本居宣長

宣長さんの主張は、


・ 中国は皇帝の血脈が途絶したが、日本の天皇家は途絶えた事が無い。

・ 天照大神が日本を選択し、この地を照らし続けてきたから。

・ 従って日本は万国に優越した宗主国である。



上田秋成

対する秋成の主張は、


・ 太陽神の神話は中国やインド、西洋諸国にも存在する。

・ 天照大神の照射範囲は日本だけに留まり、他国は別の太陽神の管轄内。

・ 従って日本が万国に優越するのは誤り。



とまぁこんな感じで、
明らかに宣長さんの主張に無理があったからです。




しかし結論はどうあれ、途中の流れが興味深い。

この上田秋成なる人物、俳諧に踏み入れば松尾芭蕉を批判し、
国学に踏み入れば本居宣長を批判するなど、
その道のプロに噛み付いて自らの優位性を主張する悪癖の持ち主でした。


宣長さんへの書簡も、


ちょwwww

宗主国とか臭ぇんですけどwwww



という内容で、国学の論議を深める気など全く無く、
宣長さんを嘲り笑う為のものだったのです。

これ対して、宣長さんからの書簡は、
秋成の言を受け入れつつ、自国の民が自国の神を信仰するは当然、
と、国学に従事してきた立場にかなう大人の対応でした。



ロザリー

宣長さんの解釈は国粋主義に行き過ぎてるように思えますし、
仮名遣いルール等にも不正確な点があります。


が、

そんな事より、宣長さんの強固な常世信仰が
いったいどこから湧いてきたのか、
現代人である私にとって、そこが最大の関心でした。




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日の神論争が起きたのは1786年。

太陽を中心とする地動説は既に日本にも広まっており、
1700年には他国と交易していた長崎から地球儀が輸入されています。
学者であった本居宣長が、地動説を知らない訳が無いのです。

なのになぜ、不利だと分かりきっている論説を
一切曲げる事なく主張したのか。


常世の意味を表面的に調べるよりは、
本居宣長が常世信仰にハマった根本の理由を調べた方が、
より正確な意味合いに近付けるように感じました。

こうして、宣長さんの故郷・三重県に
ドラクエ取材を敢行する運びとなったのです。



―――



さて、ここで問題となるのは、
取材に行く口実作り


私は職場ではまだまだ下っ端です。

えらいせんせい方が、日本の事を海外に伝える時に、
不足している情報を集めて補ったり、
わかりにくいニュアンスをわかりやすく翻訳したりするのが、
私が主に行っているおしごつ。

で、下っ端の私が取材に行くには、
えらいせんせいの許可が要るんです。


上司

↑えらいせんせい(イメージ図)


私の上司。

身長188cmの巨神兵です。


趣味は筋トレ。


か弱いエルフが逆らおうものなら、
確実に天に召されるガチムチ系おじさんなので、

まさかゲームのストーリーを考察する為に取材に行くとは、
口が裂けても言えるはずがありません。





ロザリー
 さて、どうしよう…。





ロザリーさん、一計を案じます。








伊勢志摩サミット

この時、2016年の2月。

確か今年の5月には、今回の目的地となる伊勢志摩で、
タイミング良く世界サミットが開催されたはず。

海外に向けて情報発信をするのが仕事ですから、
3か月後には必ず三重県に纏わるエピソードを欲しがるに決まってる。



そう…! 例えば…!


日本神話の舞台・伊勢の地で、
国学に生涯を捧げた町人学者のレポートとか…ね!





ロザリー
 あのー、ちょっとご提案があるのですが。


上司巨神兵
> 珍しいですね、どうしたの?




ロザリー 実は伊勢志摩サミットに合わせて、
 伊勢国出身の本居宣長を取り上げたいと思っております。


上司巨神兵
> ほー、いいですね。




ロザリー ただ、常世の概念とか微妙なニュアンスを
 うまく翻訳できるか自信なくて…。




これは事実です。


西洋神学において、永遠(eternal)という言葉は、
神様(God)に直に結びついています。


「常世」をそのまま、


eternal land (永遠の世界)


と直訳してしまうと、形容詞が「land」に掛かってしまい、
主格である神の存在定義を失ってしまうのです。


従って英文法上では、


perpetual land (恒久的な世界)


と訳すのが自然ですが、これだと
常世の正確な意味合いが全く伝わりません。


God land (神の国) → 仰々しすぎる

utopia (理想郷) → 海外の人には空想的社会主義を連想させる


うーん、どれもしっくりこない。


要するに私が「常世」ってどんな所か分かってないから、
訳し方にも悩むんですよね。



ロザリー この機会に宣長の考え方を学びたいと思ってますので、
 三重県に取材に行ってきても宜しいでしょうか?


上司巨神兵
> そういう事なら許可します。
 4月末までにレポートをお願いしますね。





うう…心が痛い。




杉下右京

細かい事が気になる悪い癖。
実は以前にも、同様の取材を行った事があります。

中の人が『火垂るの墓』の考察を行った時、
作品の舞台となった兵庫県東灘区の周辺を取材し、
神戸大空襲の時に清太が避難経路に使った道を実際に走破して、
黒い雨が降った記録と照合しています。

参照:(【短評】『火垂るの墓』~節子の死の真因を探る


現在の職場に拾われたのも、
妥協をしない性格が評価されたのかなーと思ってます。



ガチムチおじさんからミンチにされない為にも、
仕事で成果をあげるしかない…!





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まずは飛行機で中部国際空港に行きます。

そこから船に乗って松阪へ。

松阪駅前でレンタカーを借りた後、
本居宣長記念館を経由し、国道に入って東へ走行。

伊勢神宮を参拝してから、ちょっと東に行って二見で一泊。

翌日早朝、二見神社の夫婦岩からご来光を見たら、
郷土資料が満載の皇學館大学へ。

3日目は松阪に戻ってレンタカーを返却。
再び船に乗り、中部国際空港へと帰る行程です。



伊勢神宮

取材に行く前の段階では、
伊勢の歴史や神道に関する資料を読み漁るのが、
私が最も楽しみにしていた事でした。


ところが、

生の伊勢神宮から感じられる情報量は、
文章で長々と説明されたものより全然まさります。

京都の平安神宮のような朱塗りの鳥居を想像してたら、
そういった煌びやかさを排除した静謐な造り。
ここを通る日輪の輝きの方が主役で、
神様の通り道を開ける、空と風と土に感謝するなど、
独自に設けられたルールに従う事によって、
外界から隔絶された聖域である事を自ずと理解させる仕組みでしょうか。


本居宣長

本居宣長は、元々は日本の古典文学の愛好家で、
『源氏物語』の文学的価値を最初に見出したのだそうです。

藤原一族に失脚させられた源氏を主人公とし、
宮中での帝位継承問題が取り上げられる事も多い作品ですが、
宣長さんは最初から長編小説として扱っています。


須磨の秋風に象徴される光源氏君の心理描写など、
日本人の繊細な美意識に着眼し、
その一点のみに集中して論じている事から、
どうやら宣長さん、帝位継承の観点から皇室を論じているのではなく、


茶人・千利休に代表されるような、静謐な美的感覚を持ち、

故郷である伊勢の地に、古典文学と同じ繊細な美を見出したから、

紫式部や天武天皇に深く共感したのではないか?


と、感じました。

つまり宣長さんは、美に対する鋭い批評眼を持っていたがゆえに、
それに付随する価値観にも忠実だった訳です。



そこに立脚して書いたのが、こちらの考察記事。


【考察】47.アカシックレコード(後編)


 ・ 『古事記』は、天武天皇(大海人皇子)の発意が強く反映されている。

 ・ 本居宣長の『古事記伝』は、天武天皇の美意識を正確に汲み取ったもの。



皇国史観

本居宣長の思想は、弟子の平田篤胤によって、
「天皇家は途絶した事がない」部分だけが抜き出される事となり、
後の尊王攘夷運動に繋がります。

尊王派の中心・水戸藩は儒学を規範としており、
中国嫌いの宣長さんの思想とは本来なら相容れぬはずでした。
弟子が誤った方向に拡張したせいで、
美意識に紐付いた鋭い批評眼が失われたのです。

千利休に例えるなら、作法の心構えを失い、
型だけが伝承されたといった所でしょうか。


国学は明治以降、皇国史観と呼ばれる尊王思想へと発展し、
旧帝国軍の政治イデオロギーに利用された後、
「八紘一宇」のスローガンと共に、
GHQによって学ぶ事を禁じられます。




ですが、、、




2月

ここからは、私が提出した
伊勢出張レポートからの抜粋になります。


古神道は学ぶ機会を失いましたから、
「日本人は無宗教」なんて言う人も居ますけど、
そこに紐付く日本人の美意識は、
現代まで確かに伝承されているように思えます。

戦後教育で禁止されたはずなのに
後世にちゃんと伝わってるって凄くないですか?
要するに、伝達手段を禁じられても心は伝えられたって事ですよ。


伊勢神宮の参拝の際に順守されるルールを見るに、
日本人は守るべき礼儀作法を通じて、
先祖代々から心を受け継いできたのでしょう。


行列に並んで礼儀正しく待つ日本人の風習も、
伊勢神宮の神様に倣うなら、


お天道様が見ている


となるのかなと。




常世

古神道はずっと大昔にも、
大陸文化の伝来によって滅びかけてます。
天武天皇が伊勢神宮を特別に引き立てていなければ、
仏教や儒教にきっと蹂躙されていた事でしょう。

天武天皇も、常世信仰に共感したからでなく、
夫婦岩のご来光が美しかったから引き立てたのでしょうし、
伊勢で祀られる神様を国家をあげてPRしたのが、
結果的に神道保護に繋がったんでしょうね。


2度の消滅危機を乗り越え、
現代まで伝えられた日本人の美意識。

伊勢出張は私にとって、大いに意義のあるものとなりました。




結局、「常世」の翻訳は、


Tokoyo (which means heaven)


としました。


わざわざ英語圏文化に即さない方が、
正確な意味が伝わるんじゃないかと思って。



―――



ドラクエと全然関係ない事を書いてしまったよ。

でもやりきったぞ。



ダウンロード (1)

こんな訳わからんブログが3周年を迎える事が出来たのは、
ひとえに読者の皆様のおかげです。

当ブログのアクセス数を見ても、
ブログランキングから撤退した前後で変わらず。



【ブログ流入数の推移】


 2015.3.11

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 24時間経過の反応

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 2015.6.16

 ブログランキング撤退。



 2016.6.14

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 24時間経過の反応

   20789 インプレッション
   2996 エンゲージメント




こんな感じ。


皆様には感謝の念に堪えません。

重ねてお礼申し上げます。
いつも足を運んで下さり、誠に有難うございます。

毎日訪問されている方もいらっしゃるので、
今年はもうちょいたくさん更新できるようにするよ…!



4年目もストーリー考察を中心に、筆の向くまま、
気の向くままに書いていきたいと思います。

今後ともアストルティア考古学を、宜しくお願い致します。


 2016年 7月14日

 ロザリーのアストルティア考古学 中の人より